『ぼくらはみんな生きている』 シナリオ(第二場〜)

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第二場

窪田家の玄関前には、被害者・窪田良(30)の妹・里香(24)が、次郎と和夫を見下ろすように立っていた。
次郎がどんなに頭を下げても、里香は全く兄に取り次ごうとはしない。
次郎たちのあまりのしつこさに、仕方なく姿を現した良は、ただひと言、「ぼくは絶対にあんたを許さない。そう決めたんだ。帰ってくれ」と次郎にはき捨てるように言うのだった。

第三場

新清寮の待合室にある公衆電話で、新入りの寮生・青木 充(28)が、母親・真砂子(52)からの電話に出ていた。それは充に金の無心をするためにかけてきたものだった。
更生保護施設に入寮している限り、大金を作るなんてできないと抵抗する充に、「大丈夫。慎重にやればバレやしないって」と、昔の悪い仲間に充の居場所を教えた旨を伝え、電話を切る真砂子だった。

第四場

新清寮の事務所では、新田がここ最近の充の行動を心配していた。
それというのも、マリリンが駅前の喫茶店で、充がとても堅気とは思えない連中と会っているのを目撃していたからだった。
実は充は覚せい剤の元密売人で、新清寮に来る前の面接で、新田にもう二度と覚せい剤には手を染めないと約束をしていた。その上母親と距離を置きたいとも言っていたのだが、どうも状況が変わって来ているのではないかと心配していたのだった。
今充は昇三のところで働いている。昇三は今のところおかしな行動はしていないというのだが、新田は昇三に、充の行動を気をつけてみていてほしいとの依頼する。
同じ元覚せい剤の密売人であった昇三であれば、充の小さな変化にも気づけるはずだからと。

第五場

新清寮では、毎日曜日SSTと呼ばれる訓練を、寮生全員で繰り返し行っていた。
SSTとは社会生活技能訓練の略語で、電話のとり方や、道で人に会ったときの受け答えなど、社会生活を送る上で必要なスキルをアップし、社会からの孤立を防ぎ、再犯に走らないようにするためのものだ。
しかし、この訓練がどうしても苦手なものが2人いた。
丸さんと勝司だ。2人とも極度の緊張しいで、人前で何かをやるということが大嫌い。
何かいおうとすると、途端に緊張で手足が震え、おかしなことを口走ってしまうのだ。
ため息の嵐を吐き続ける丸さんに、「自分も同じですよ。SSTもそうだけど、夏祭り、気が重いですよね・・・」と声を掛ける勝司だった。
そんな2人をよそに、SSTは進んでいき、充の番となった。
充に与えられた課題は、『相手の誘いを断る』だった。もちろん充の行動を把握しつつ、それに見合った訓練をさせようという狙いだったのだが、新しい補導員・小島卓也(34)相手に行った訓練で、充は思わず本気で卓也を突き飛ばしてしまい、「お前なんか死ねばいい!」と口走り、部屋を出て行ってしまう。

第六場

「充、どうして連絡くれないんだい?」と、何度も何度も金の催促の電話をかけてくる真砂子。
もうイヤだと言う充に、「あんたなんかロクな人生歩まないよ! この人殺し!」と罵る。
その電話を偶然聞いてしまった次郎。

充は次郎に、「相手が死んだってわかったとき、どんな気持ちだった?」と尋ねる。次郎は深いため息をつくと、「頭に霧の幕がかかった感じだ」と答える。
「やっぱりこういうことって、人それぞれ違うもんなのかな。・・・俺は、何も考えられなかったな」とつぶやく充。

充の兄は、充が小さいころ、川でおぼれかかった充を助けようとして死んでいたのだ。
「それは事故っていうんじゃないか?」と問いかける次郎に、充はフッと笑い「そうだな。でも・・・少なくともお袋は、俺が殺したと思ってる」と寂しそうにいった。

「1人殺すのも2人殺すのも同じだっていうけど、本当にそうなのかな」という充に、「自分を大事に出来るのは、自分だけだぞ」と次郎は言った。
「意味わかんねぇよ」とそっけなく答える充だったが、生まれてはじめて自分のためを思って声を掛けてくれる人の温かい思いを感じ、ほんの少しだけ次郎に心を開こうとする。

第七場

夏祭りも迫り、リコーダーの練習に励む一同だったが、緊張と人前での発表会という恐怖にまるで演奏が上手くいかない丸さんと勝司。
やっぱり無理だ! と根を上げる2人に、昇三は「みんなでやらなきゃ意味がないだろ」と答える。
「失敗してもいいじゃねぇか! みんなでやらなきゃ意味がないんだろ? だったらみんなでやって、最高の失敗しようじゃねぇか!」との洋介の言葉に、どんどん盛り上がりを見せる一同。そんなやる気満々の寮生たちを尻目に、どうにもこうにも逃げられないらしいと、うなだれつつ覚悟する丸さんと勝司だった。

「おっさん、どっか具合でも悪いのか?」
それまでずっと黙っていた充が、突然昇三にそう尋ねた。
最近ずっと、次郎は部屋で寝込んでいた。本人は風邪が長引いてるだけだといっているのだが、どうもそうではないらしい。病院には保険に加入していないので行くことができない。新田はお金のことなら心配するなといっているのだが、頑として病院に行くことを拒んでいるらしいのだ。
「全員でやるんだろ? だったら、早く起きられるようにならないとまずいだろ?」という充に、「そうだな。全員でやらなきゃ意味がねぇよな」と微笑みかける昇三だった。

第八場

寝込んでいる次郎以外の寮生で、いつものようにSSTの訓練をしていると、突然事務所のほうから女の怒鳴り声が聞こえた。
それは、何度催促しても金を作ろうとしない充に業を煮やした真砂子だった。真砂子は闇金での借金がかさみ、どうしようもない状態まで追い詰められていたのだ。
「充〜! 居るんだろう?! 母さんだよ! 金はどうしたんだい?!」
母親の声に、突然立ち上がったと思うと、そのまま集会室から飛び出していく充。
事務所での大混乱の様子が集会室に響き渡る。

「どうかしたんですか?」
騒ぎを聞きつけ、寝込んでいた次郎がやってくる。
寝てなきゃダメだと心配する一同の中、集会室の入り口に現れる充。その手には家庭用の包丁が握られていた。
「あいつを殺す」冷静さを欠き、ギラギラした目で周りを威嚇する充。
大騒ぎの集会室で、「青木!」と充を制止する次郎の声。
「落ち着け、よく考えろ!」と充をなだめようとする次郎だったが、「このままじゃ俺は、あいつのせいでダメになる! 昔からずっとずっとそうだったんだ!」と、充の興奮は一向に収まる気配を見せない。

「お前がお兄ちゃんを殺したんだよ!」
母親の言葉に翻弄され、幼いころからずっとその言葉に縛られてきた充。
そんな充に、「どうしてお母さんの言うことが全てだと思うんだ? お前がダメにならないと決めれば、ダメになんかならないんだよ! 憎しみに心を明け渡すな! 憎しみを感じて生きるだけの人生になっちまう」と心からの声をあげる次郎。

そのとき、とうとう集会室に、顔に殴られたようなアザを作った真砂子が乗り込んできた。
充の手に握られた包丁を見て、「あんたは実の母親を殺そうっていうんだね。お前なんか本当に生まなきゃよかったよ。このろくでなしの人殺し!」と怒鳴り散らす真砂子。
「子供から金をむしりとることしか考えないやつの、どこが実の母親なんだよ。愛してもくれない親なんて、俺には必要ねぇんだよ! お前なんか死ねばいい!」
充は次郎の制止を振り切り、包丁を振りかざして真砂子に突進していく。
充の包丁が何者かを刺した。それは、これ以上充に罪を重ねさせてはいけないと、身を挺して真砂子に覆いかぶさった次郎だった。

第九場

救急車で病院に運ばれた次郎だったが、幸いたいした怪我ではなく、ホッとする寮生たち。しかし病院の検査で、次郎の本当の病気が判明する。なんと次郎は、脳に腫瘍ができており、その腫瘍が視神経を圧迫し失明寸前の状態だったのだ。
あまりのことにショックを隠しきれない寮生たちだったが、何とか次郎を元気付けようと考え、窪田良に次郎の謝罪を受け入れてもらうよう頼みに行こうと決意する。

第十場

次郎の現状を訴え、謝罪を受け入れてくれるよう頼む昇三たちだったが、良はたったひと言、「無理です」と答える。
「人を2人も殺しておいて、たった5年と8ヶ月ですよ。業務上過失致死と飲酒運転でたった5年と8ヶ月。法律ではあの人はもう許されているんです。だからぼくは許しません。国と法律の代わりに、ずっとぼくが許さないでいるんです。それだけが今、そしてこれからも、ぼくにできるたった一つのことなんです」
そんな良に、「憎しみに心を明け渡さないで下さい!」と必死で懇願する充。
しかし良の答えは「しつこいです」だった。

第十一場

寮に戻った昇三の答えを聞き、がっくりと落ち込む寮生たち。
そんな中、次郎を見舞ったマリリンが、次郎を元気付けようと口をすべらせ、「窪田さんが謝罪を受け入れてくれることになった」と言ってしまったため大混乱に!
本当のことを話すしかない、いや、ショックを受けて病状が一気に進むからダメだなど、喧々諤々の話し合いが進む中、充が「嘘を本当にしよう」と提案する。
以前物まねが得意だと言っていた勝司を良に仕立て、次郎の目が見えないことを逆手に取り、新清寮を窪田家にして、みんなで次郎の謝罪を受け入れる芝居を打とうと言うのだ。極度のアガリ症で、そんなことは絶対に無理だと言い張る勝司を尻目に、寮生たちの意気は上がっていく。

第十二場

1ヵ月後、散々練習を積んだ寮生たちの前に、目の見えなくなった次郎が謝罪に訪れる。次郎に悟られまいと必死に芝居を続ける寮生たちだったが、何かに気づいた様子の次郎。バレたのではないかと不安がる一同の中、次郎は静かに口を開く。
「私は、あなたの奥様と、まだ経った1歳だった樹里ちゃんを・・・殺しました。本当に、本当に申し訳なかったと思っています」
バレてなかったとホッとする寮生たちを尻目に、次郎は謝罪を続ける。
「自分はどうしようもないほどバカな男です。・・・私は、自分を大事にするってことは、人を大事にすることなんだって、そんな当たり前のことにまるで気づかなかった。何もわからず、何も理解せず、ただ闇雲に生きてきただけだ」
次郎は今まで受け入れてもらえなかった謝罪を、そして、病気になって初めて気づいた自分の本心を綿々と語り続ける。
静かに聞き入る寮生たち。次郎は最後に立ち上がると、勝司扮するところの良に深々と頭を下げた。

「許します」と勝司がいった。「あなたを許します。誰がなんといおうと、私はあなたを・・・米山さん、あなたを許します。そしてあなたを・・・尊敬します」
それを聞くと、感極まったように「ありがとう・・・ございます」ともう一度頭を下げる次郎。
ゆっくりと頭を上げ、満足げな笑顔を浮かべると、次郎は突然「ありがとうなぁ、みんな」といった。
次郎の言った意味が分からない一同。
「俺は今、心の全てを吐き出すことができた。許してもらえなくてもいいんだ。それは当然のことだもんな。でもいい。もう本当に十分だ。今までこんな満たされた気持ちになったことがないってくらいだ。ありがとう、みんな。本当に・・・ありがとう」
そういうと、次郎の身体は揺らぎ、崩れるように倒れこんだ。

第十三場

夕日が差し込む、『いたばし新清寮』の集会室。

寮生たちは、自分たちのリコーダー合奏『故郷』で次郎を送り出すセレモニーを始める。徐々に合奏から合唱に変わっていくころ、集会室の入り口には、里香を伴った良が立っていた。2人を包み込むように、寮生たちの歌声が大きく響き渡る。

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