ストーリー
Chapter1
更生保護施設『いたばし新清寮』には、社会復帰の前段階として、元大泥棒やスリ、チンピラにヤクザ、ひき逃げ犯に結婚詐欺師など、裏社会での経験だけは豊富な男たちが住んでいる。そんな彼らは、新清寮の協力雇用主で、元寮生の辰巳 昇三(44)のアイディアで、老人ホームでのリコーダー合奏という初のボランティアに挑むことになり、文句を言いつつも、日々童謡「故郷」のリコーダーの練習を重ねていた。しかし寮生の1人である米山 次郎(45)は、最近目が霞み、身体の調子が悪いため寝込んでいることも多く、なかなか練習に参加できずにいた。次郎は、自分が起こしたひき逃げの被害者・窪田 良(30)宅に、毎週謝罪のために通っているのだが、良は全く取り付く島を与えず、家にも通さず、どんなことがあろうと、妻と子供を見殺しにした次郎を許さないと言っていた。
Chapter2
更生保護施設では、SST(社会生活技能訓練)というものが行われる。これは、電話の応対や人との挨拶などを訓練するもので、社会生活を送るうえでのスキルが低い寮生たちに、一般社会での生活を潤滑に行ってもらい、再犯を防ぐ上で重要な訓練なのだが、裏社会だけを真っ直ぐひたすら生きていた寮生たちには、なかなかハードルの高い訓練だった。そんな中、元覚せい剤の密売人である青木 充(28)が、新しい寮生として『いたばし新清寮』に入ることになった。充には性質の悪い母親がおり、充が入寮してからというもの、しきりに寮に金をせびるための電話をかけてきていた。その電話を偶然聞いてしまった次郎は、今まで全く他人を寄せ付けずに生きてきた充との距離を、徐々に縮めていくことになる。
Comment〜舞台裏秘話
夢野さくら:私も彩子ちゃんもお客さんも大好きだった、このSSTのシーン。何を隠そうここのシーンが、数年前にちょこっと書いたときの部分なのです。他はあらすじもキャラクターもほとんど違ってたんだけど、いろんな資料を読んだ時、更生保護施設で行われるSSTというものに、私はひどく興味をひかれてしまって、芝居にするなら必ずSSTのシーンを入れたいと、ずっと思っていたんですよねぇ。なんせ元犯罪者ばっかりの芝居だから、どうやっても超明るい芝居にすることには無理があるし、でも笑いのシーンは入れたいし・・・と思っていた私にとって、このSSTはとてもチャーミングなシーンになったのではないかと思っています。もちろん実際のSSTは、もっともっと真剣にやってらっしゃると思いますが(汗)、お芝居! ということで許してください。
杉山彩子:勝司役の嘉夫くんと丸さん役の黒木さんが、SSTが苦手だと言っているシーンはとても好きだった。嘉夫くんと丸さんが、自分たちがなぜSSTが苦手なのかの思いを訴える為に、動きをシンクロさせるところが特に! 私はこのシーンの稽古を見るのが、楽しくてしょうがなかった! どこがそんなに楽しかったかというと、この二人の動きは、物凄く難しい派手なものなんだけど、それを一瞬にこなしてしまうのだ。ちょっとアクロバティックなその動きに表情がつくと、もう爆笑爆笑大爆笑!こんな難易度の高い動きが可能なのも、この二人がアクション俳優でもあるから。動ける俳優ってしびれるわぁー!
Chapter3
ある日、何度催促しても金を作ろうとしない充に業を煮やし、充の母親・青木 真砂子(52)が『いたばし新清寮』に乗り込んでくる。真砂子は闇金での借金がかさみ、どうしようもない状態まで追い詰められていた。取り立て屋に殴られ興奮した真砂子は、次々と耳を塞ぎたくなるような充への暴言を吐く。母親から逃れるためには、もう殺すしかないと決意した充は、ナイフを持ち出し真砂子と対峙する。懸命に止めようと声をあげ、行動に出る寮生たちをナイフで威嚇する充。そんな充に、次郎は「憎しみに心を明け渡すな!」と叫ぶ。しかし次郎の制止も振り切り、真砂子に突進する充。次郎は、充にこれ以上罪を重ねさせないため、自分の身体で充のナイフを受け止める。救急車で病院に運ばれた次郎だったが、幸いたいした怪我ではなく、ホッとする寮生たち。しかしここで、以前から身体の具合が悪く、目が霞むなどと言っていた次郎の病気が判明する。なんと次郎は、脳に腫瘍ができており、その腫瘍が視神経を圧迫し失明寸前の状態だったのだ。あまりのことにショックを隠しきれない寮生たちだったが、何とか次郎を元気付けようと考え、窪田 良に次郎の謝罪を受け入れてもらうよう頼みに行こうと決意する。次郎の現状を訴え、謝罪を受け入れてくれるよう頼む辰巳 昇三たちだったが、謝罪を受け入れないことが、自分が亡くなった妻と子供に出来るたった一つのことなのだと答える良。そんな良に、「憎しみに心を明け渡さないで下さい!」と必死で懇願する青木 充。しかし良の応えは「しつこいです」だった。
Comment〜舞台裏秘話
夢野さくら:今回はキャストにアクションができる人が多くて、その中でも勝司役の中村嘉夫君は、他所でもたくさんの殺陣をつけている本物の殺陣師! そんな利点を最大限に生かし、乱闘の殺陣をつけてもらった。いやぁ・・・本当に格好良くて素敵な(?)乱闘シーンとなり、観ていてもその大迫力に圧倒されるほど! こういう派手なシーンは大好きさ。今回は乱闘あり、リコーダーの生演奏あり、「故郷」の大合唱ありで、気がついてみれば結構エンターテイメント的だったのかも。書きあがったときには、出演者は男ばっかりでどうなることか思っていたのよねぇ。剣持さんに台本を送ったところ、登場人物表を見ただけで、「イヤダァ! こんな男ばっかりの芝居!!!」と言われてしまった。まぁ、稽古場はむさ苦しかったけどね(笑)
杉山彩子:乱闘は凄かった! 一人を除いてみんな男性なので、その人たちが一斉に動き回るとその迫力が凄い。(DVDの特典映像の中にそこの殺陣をつけているところが写っているけど、そっちは笑えます)その中でも迫力No.1だったのが、何と女性の明樹さん! 顔に痣を作っているせいもあるけど、無茶苦茶凄い! 美女が凄むと迫力だわぁ。明樹さんは、悪い母親役なんだけど、明樹さんが演じてくれたことによって、ただの悪い母ではなく、魅力的な役になったと思う。
Chapter4
寮に戻った昇三の答えを聞き、がっくりと落ち込む寮生たち。そんな中、次郎を見舞ったある寮生が、次郎を元気付けようとつい口をすべらせ、「窪田さんが謝罪を受け入れてくれることになった」と言ってしまったため大混乱に! 本当のことを話すしかない、いや、ショックを受けて病状が一気に進むからダメだなど、喧々諤々の話し合いが進む中、充が「嘘を本当にしよう」と提案する。以前物まねが得意だと言っていた寮生・平尾 勝司(33)を窪田 良に仕立て、次郎の目が見えないことを逆に利用し、新清寮を窪田家にして、みんなで次郎の謝罪を受け入れる芝居を打とうと言うのだ。極度のアガリ症で、そんなことは絶対に無理だと言い張る勝司を尻目に、寮生たちの意気は上がっていく。 1ヵ月後、散々練習を積んだ寮生たちの前に、目の見えなくなった次郎が謝罪に訪れる。次郎に悟られまいと必死に芝居を続ける寮生たちだったが、何かがおかしいと感じ始める次郎。しかし次郎は、今まで一切受け入れてもらえなかった謝罪を、そして自分の本当の心中を語り始める。全てを語り終わった時、次郎は満足げな微笑を浮かべ、崩れるように倒れこんだ。夕日が差し込む、『いたばし新清寮』の集会室。寮生たちは、自分たちのリコーダー合奏「故郷」で次郎を送り出すセレモニーを始める。徐々に合奏から合唱に変わっていくころ、集会室の入り口には、妹の里香(24)を伴った窪田 良が立っていた。2人を包み込むように、寮生たちの歌声が大きく響き渡る。
Comment〜舞台裏秘話
夢野さくら:最初にまだ台本を読んでない彩子ちゃんに、チラシを作るためのイメージを教えてと言われ、夕日と応えた覚えがある。決して朝日ではないイメージ。なんとなくうらぶれてて、再生もせず、ハッピーエンドじゃない芝居。もしかして初めてじゃないのかなぁ・・・私がこんなの書いたの。いつもはちゃんとオチをつけたり、ハッピーエンドに持っていくんだけど、今回はそうはしたくなかった。実は私、解決しない芝居があまり好きじゃない。ラストのあと、「さて、このあとどうなったかは、皆さんで考えてください」的な芝居は、単純な頭の構造をしている私には、なんとなく消化不良なのです。なのになぜ、今回こんな終わりにしちゃったんだろう・・・。自分でもさっぱりわかりません。しかも結構気に入ってるし(笑)。ずっとスパコンをご覧いただいてるお客様にも、今回は今までと全く違うねぇ・・・と言われちゃった。でも、今までで一番好きだったと言ってくださった方がめちゃくちゃ多くて、これもまた、ぜひ再演したい作品となりました!
杉山彩子:主役の剣持さん演じる次郎さんの葬式のシーン・・・。もう役者もお客さんも、涙ものだったんですが、そこに一役かってくれたのが、ここで使われた遺影の写真。・・・って、こんな所に注目するのは、私が作ったからなんだけどね(笑)。これ、撮影した時、剣持さんの体調がいまひとつすぐれなかったので、なんだかとってもリアルな写真になってしまったのよね(汗)。そのうえ、写真をセピアに加工してしまったもんだから、もう・・・・・・・・・・・・。小田マナブくんなんか、その写真みただけで泣いてたわ。ははは。
Comment〜舞台裏秘話
夢野さくら:今回は彩子ちゃんが出演しないことが決定していたので、ぜひ今回は、男ばっかりの芝居を作りたいと思っていた。でも、この更生保護施設のアイディアを考えたのはもう2〜3年前のこと。その時には女性も登場するつもりで考え、資料もいろいろ読み漁っていたんだけど、実現することはなかった。その時ちょこちょこ書いていたものをもう一度読み直し、考え直して、ほぼ男ばっかりの芝居に仕上げたのが今回のお芝居なのです! ここだけの話ですが、2〜3年前に考えていた時の主役は、施設長の新田先生でした(笑)
杉山彩子:今回の、ある意味もっとも難関だったのが、冒頭の笛を吹くシーン。しかも、下手に吹かなくていけない。下手に吹くということは、まず、上手く吹けなくてはいけないという大前提が・・・。スパコンで買い揃えた笛を手にした時、『これで吹けるの・・・?』そう思ったほどおもちゃみたいな笛でした。ははは。ところが、みなさんさすが、役者さん! 完璧にマスターされて、幕開きの印象がぐっと上がりました。皆相当笛には苦労してましたけど、本番はちょっとうらやましいくらい素敵な音色でした。